二つの千葉「か1545」
いつもお世話になっているvanagon714さんのブログ
「中央バス、661と666」の記事にコラボです。
vanagon714さんの記事を拝見し、同じ様なケースが手持ちに無いかを探した結果
残念ながら「所属」「メーカー」は一致せず、ナンバーの4数字のみですが、同じ会社内という事でお許し下さい(泣)
まずは一枚目
千葉200か「1545」
京成バス千葉営業所5211号車
f0056081_22322464.jpg

千葉営業所のPJ-LV234L1エルガワンステップです。06年撮影撮影地は(千葉)中央3交差点


次に二枚目
千葉22か「1545」
京成電鉄(当時)長沼営業所草野車庫N484号車
f0056081_22322470.jpg

日野モノコックREと思われます。81年前後撮影
撮影地は、さつきが丘操車所

日野モノコックの方は撮影当時最新車の部類ですが実は非冷房車です。
声をかけてくれた運転手氏が冷房車とは形式が違うという話をしてくれたのを覚えているので
冷房車がRCだった事を考えると、これはREだと思われます。
何分当時、小さい頃だったので詳しい話までは覚えておらず、、、(汗)
一因は、おそらく当時犢橋町に住み、ここに連れてきてくれた父方の祖父が
作る側の人間だった事もあり私そっちのけで(爆)
祖父と運転手氏の会話が弾んでいたからではないかと(汗)

当時住んでいた、川崎は臨港が昔と違い現在は塗色を劇的に変えたの比べて、
こちらは、変化なく現在までこの塗色が続いている様子がお判り頂けるかと思います。



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by wonderfulscarlet | 2012-07-21 22:37 | 京成バス本体 | Trackback | Comments(18)
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Commented by vanagon714 at 2012-07-22 15:53
こんにちは。
2世代の1545いいですね~
REのほうはモノコック末期ですね。
京成電鉄もこの頃に大型方向幕に切り替わったのですね。
冷房付きがRC、非冷房はREというのは分かる気がします。
右の1098号はバス窓ですね。
今も昔も同じカラーリングというのはいいですね~
Commented by wonderfulscarlet at 2012-07-22 16:16
>>vanagon714さん
こんにちは。
粗末な写真のコラボで大変恐縮です(汗)
この営業所のモノコックは最末期になると、画像のN484の様な非冷房車でも冷房改造されたり、
小型方向幕の非冷房車を大型方向幕化の上、冷房改造されたりと、
今では考えられないような改造車が登場しました(汗)
バス窓の車両って味がありますよね(^^)もっとちゃんと撮っておけばよかったです(泣)
なんだか断片的に撮った記憶があるので探してみますね。
Commented by vanagon714 at 2012-07-22 20:11
こんばんは。またまたお邪魔します。
非冷房車の冷房改造、分かるような気がします。
夏場の暑さに非冷房では苦情が殺到したのではないでしょうか?
バス窓はいいですよね~
日野車は76~77年くらいまででしょうか?
Commented by wonderfulscarlet at 2012-07-22 20:45
>>vanagon714さん
こんばんは(^^)
当時の京成は、車両は使い倒す方針でしたので代替が遅く
結果古い車両でも冷房改造を行ったりしていました。
実は写真の路線は後にグループから、K-CJM600(川重3扉)が移籍してきたり
別のいすゞ車両を入れている営業所には小田急中古を入れたりと冷房化の促進を
なんとしても進めた感じでした(汗)
バス窓の車両は、多分仰っている年式代で合っていると思います(^^)
Commented by vanagon714 at 2012-07-23 22:04
こんばんは。またまたまたお邪魔します(^^;;;
川重3扉のCJMってもしかしてOランド交通でしょうか?
写真でしか見たことがないです。
今のワンステップ車で3扉はありえないのでしょうかね・・・?
後扉は2ステップで終点での降車専用とか・・・
Commented by wonderfulscarlet at 2012-07-23 23:09
>>vanagon714さん
こちらにもコメントありがとうございます。
川重CJMは仰る通り、オリエンタルランド交通(現 東京ベイシティ交通)の車両で、京葉線開通による運用見直しで、こちらに9台が入って来ました。
この路線が最混雑路線でしたので前乗りの利点で終点の駅では三扉全開でした。残念ながら私は撮影出来ずじまいでした(泣)
その後、日野の新車で三扉車が入り、08年まで活躍が続きました(^^)
Commented by スーパーT部長 at 2012-08-21 23:58 x
 ご無沙汰しています。体調のほうはいかがでしょうか。
 以前、私のブログで、京成バスの運転士が登場したNHKの番組を取り上げたときに寄せられたコメントで初めて知ったのですが、京成の路線車って、この記事の2枚の写真を見比べてわかるように、昔と今とでは青い部分の濃さが違うんですよね(汗)。ちなみに、例の番組に登場したのは3営の運転士さんでしたが、現在は退職しているそうです。
Commented by wonderfulscarlet at 2012-08-22 01:25
>>スーパーT部長さん
色の明度に関しては以前の記事でもとりあげており
京成バスのファンの間では相当有名な話であり
この記事の趣旨とも異なりますので、ここでは触れておりません。
Commented by N565 at 2013-04-30 22:13 x
懐かしい写真ですね。

京成バスの冷房車は確か、昭和56年頃に長沼ではREの小型方向幕車が最初だった記憶があります。

前面窓に冷房車のサボを掲げたブルーのガラスのバスだった記憶があります。

RCは冷房車は後部点検蓋が網目が非冷房車、網目なしの完全蓋が冷房車と区別していていましたね(子供の浅はかな知恵ですが…)
しかし、僅か1~2年でスケルトンBR登場になりましたがね。
Commented by wonderfulscarlet at 2013-04-30 22:30
>>N565さん
長沼の冷房車第一号は、仰っている小型行き先表示器の初代N482号車です。
これは探せばどこかに写真があるはずなので見つかり次第掲載します。
リアのグリルは新製冷房車では、そのN482以外は無いタイプでしたね。
観光車ほどではないものの、ブルーガラスでしたよね。
懐かしい話ですね。
Commented by N565 at 2013-04-30 22:45 x
記憶に間違いなかったみたいで安心です(笑)
確か、私が小4くらいでしたね。

あの時代、長沼には帝国ボディーのREの他、富士重工R12架装のRE 川重架装のRE 更には川重架装のBU05 京成自動車工業架装のカマボコBAとBUが健在でした。
特に後者は、千葉営業所分離時代からの生き残りと、狭隘路線向けに導入したBAと思われますが。

大型ナローは当時、いすゞの独占でしたから長沼もいすゞ車を導入したのでしょうね?
Commented by wonderfulscarlet at 2013-04-30 22:53
>>N565さん
うーんこの頃は私は川崎在住で、現在で言うと花見川区内に居た祖父母の家に時おり預けられていた頃なので、曖昧なのですが
確か、新製のいすゞ車は無く、全て転入車だったと思います。
その頃は小田急から購入したいすゞ富士3Eを、千葉に配置、捻出されたBA、BUが長沼に入った流れだったと思います。
Commented by N565 at 2013-04-30 23:05 x
小田急からの転属車は、金町営業所だけではなかったのは、今知りました。

ただ、当時、千葉営業所新宿車庫管轄路線のうち、市内線(西千葉駅~国鉄千葉駅~県庁前~本千葉駅~市役所)は、川重&ふそうMRやいすゞBAの独占場だったのが、急に出目金3Eや冷房車CJMが投入されるようになったのには、その様な理由があったのかも知れませんね。
当時、千葉営業所新宿車庫の新車は、千葉寺線(京成稲毛駅~穴川十字路~国鉄千葉駅~広小路~県庁・企業庁~千葉寺)集中配置でしたから、市内線に新車が投入されるのは当時は衝撃でした。
今は、廃止路線ですが。
Commented by wonderfulscarlet at 2013-05-01 00:06
>>N565さん
元小田急は、子供の当時、大学病院へ行く際に乗ったバスの運転手さんが
「このバスは小田急から来たんだよ~」と教えてくれたのを覚えているのと
何年か前に発売されたバス雑誌(バスマガだったとは思いますが)
に千葉営業所で活躍する元小田急車の様に載っていた記憶があるので、
間違いないと思います。
おそらく仰っている急激に入る、、、というのもそれがらみだと思います。
それにしても、下記の路線懐かしいですね。昔は細かく路線が存在していましたね。
Commented by N565 at 2013-05-01 10:25 x
確か、小田急からの転属車は、京成のいすゞ車と異なり高出力型式ではなかったか?と思います。

その時代に、聖マリアンヌ医大病院に親戚の見舞いに行った事があるのですが、生田駅から乗車した小田急バスがまさに高出力エンジンのBU15Kでした。
普段乗るBU10と違い、エンジン音に迫力があったのを未だに憶えております。
当時、親戚が小田急沿線に住んでおり、川崎市営の古典的な、ふそうMRや東急バスの丸みを帯びた日野RE、それに長津田こどもの国行のツーマンいすゞBU等にお世話になったものです。
川崎市営は当時、始発発車後にロッテオリオンズの金田監督の交通安全のCMを流していた記憶があるのですが…。
Commented by wonderfulscarlet at 2013-05-01 19:11
>>N565さん
こちらにもコメントありがとうございます。
流石に当時は細かい記憶が無いので、断言はできませんが、流れから考えるとその可能性はありますよね。川崎市営に関しては、ロッテの選手が啓発放送に用いられていたのは在住時代に経験があるのですが
なにぶん当時、野球にはとても疎くて、だれであるという記憶はないのです(泣)
ただ、そういう放送があったというのは間違いないと思います。
Commented by N565 at 2013-05-01 19:32 x
やはり、そうでしたか。

親戚は柿生が最寄り駅で、当時の柿生駅近辺は大変な狭隘路で柿生駅から最初のト字路の信号まで、誘導員が赤旗を片手に前扉を開けたまま、営業運転をしていた記憶があります。

川崎市バスも東急バスもあの当時にしては古典的な車両ばかりでしたが、東急バスは長津田駅行に限って、当時の最新鋭、日野RCが使われていましたね、たまプラーザ駅行が青葉台営業所だったのは記憶にありますが、長津田駅行は長津田営業所管轄だったのでしょうか?
Commented by wonderfulscarlet at 2013-05-01 23:00
>>N565さん
こんばんは。
コメントありがとうございます。
うーん、流石に長津田方面の当時の事はちょっと解りません(汗)スミマセン
川崎に帰った機会に、周りに聞いてみますね。


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